脱炭素社会・循環型社会
脱炭素×DXで養豚業の未来を拓く:株式会社Eco-Pork
2025.05.04

インタビュー者紹介
株式会社Eco-Pork
共同創業者 兼 取締役
荒深 慎介 氏Arafuka Shinsuke
企業や研究機関、自治体といった様々なパートナーと連携し、エネルギーや環境、次世代技術に関する課題解決や新しい価値創造を目指す、ENEOS CVC。今回は「株式会社Eco-Pork」との事例を紹介します。
養豚業界は今、後継者不足や環境負荷の高さといった課題を抱えています。この課題は、このまま放置すると幾年か後には豚肉が食べられなくなるかもしれないという世界的に大きな問題に直結するもの。こうした状況の中、ICT・IoT・AIを活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)で養豚業界の革新を目指しているのがEco-Pork社です。同社は2024年1月にENEOSとパートナーシップを締結し、脱炭素・循環型社会の実現に向けた協業を開始。同年9月には、養豚業ではじめての”J-クレジット創出プログラム型プロジェクト”を始動しました。
今回は、ENEOSとのパートナーシップ締結に至った経緯や養豚業界におけるDXの取り組み方などについて、共同創業者兼取締役の荒深慎介氏にインタビューしました。
養豚業は世界最大の一次産業マーケット
―まずは養豚業の市場規模や課題について教えてください。
世界では今、人口の増加による”タンパク質危機”が懸念されていることをご存知でしょうか。これまで発展途上国と呼ばれた国が豊かになってくると、食生活も変化していきます。この影響を受け、食肉の需要が急増し供給限界量を突破するタンパク質危機が訪れると言われています。弊社では、早ければ2027年ごろに需要と供給のバランスが逆転すると試算しています。
実は、豚の農業生産額は世界の農業生産額(488兆円)の約10%を占めており、養豚業は一次産業の中でも世界最大のマーケット(2021年時点)です。養豚は、タンパク質危機解決のカギとなり得る産業なんです。
しかしながら、養豚業は労働力の不足や熟練者の経験に頼った生産方法など、労働生産性の問題を抱えています。また、養豚業は、環境負荷の高さも課題です。世界全体で見ると豚による穀物消費量は、世界のコメの生産量の約1.3倍。世界の豚の生体から排出されるGHGは、世界の二輪車から排出されるGHGの約2倍です。養豚を持続可能な産業にしていくためには、業界全体で環境負荷の低減にも向き合っていく必要があります。
そこで、私たちEco-Porkは、2040年が食肉を選択できる未来であることを目指して、養豚の生産性向上と環境負荷低減を両立させるデータソリューションの提供を行っています。
―起業のきっかけはどのような出来事だったのでしょうか。
私は、代表取締役を務める神林とともにEco-Porkを共同創業しています。神林と私は、前職の外資系コンサルティングファームで同僚として出会いました。神林とともに、ある会社の経営支援をする中で、一次産業についてマーケットリサーチをする機会がありました。当時(2017年ごろ)は、ちょうど稲作へのIoT活用がトレンドになり始めた時期だったのですが、畜産業界に目を向けてみると、牛はそれなりに情勢が動いているけれど、豚はプレスリリースやニュースがまったく出てこない。その割に、統計を見てみると、他の一次産業と比較して収益性は高いように見える。そこで、「養豚業はどんな業界なのだろうか」とすごく興味関心を惹かれました。
そこで1週間ほど現場で研修させてもらったところ、熟練者の経験や勘で作業が進められているのを目の当たりにし、属人性の高さに驚きました。その時から、神林と私は、「一次産業の労働人口減少が叫ばれている今、熟練者に頼っていては間に合わない。データを使って、新しい養豚業の担い手を育てていける仕組みづくりが必要だ」という問題意識を持ち始めました。

そして神林と私で養豚業やタンパク質危機に関するさまざまな調査を重ねて、「私たちがいま取り組むべきは、養豚業の持続可能化による食料問題解決だ」という結論にいたったんです。それが11月下旬のことでした。「来週はイイニクの日だから、養豚の会社を立ち上げるなら今だ!」。そうして今から7年前、平成29年11月29日(平成で一度の“いい肉の日”)がEco-Porkの創業日となりました。
養豚業の課題を解決するエコシステムを構築

-臨場感のある起業エピソードですね。改めてEco-Pork社の概要について教えてください。
弊社は養豚を中心としたエコシステムを作る会社です。
人類の歴史を紐解くと家畜化された最初の動物は豚と言われていて、これまで世界各地で豚という存在を中心に循環型の社会が形成されてきました。しかし昨今では、飼育費の高騰や後継者不足等の労働力不足、さらには豚の生産に由来するGHG排出量が大きいといった環境負荷の問題を抱えています。
昔の養豚は、人間の残り物を豚に与えて、その糞尿を堆肥にするなど、地域の循環の中に組み込まれていました。現在は、養豚は事業化していて、飼料や糞尿処理といったそれぞれのプロセスがひとつひとつの事業として分断され、そこにお金とエネルギーが使われてしまっています。
Eco-Porkは、今のいびつな養豚業を新しい循環の環に入れていきたいと考えています。品質管理の観点から人間の食べ残しをそのまま豚に与えることは難しいですが、データを活用してそれぞれの豚に最適な飼料を最適なバランスで食べさせたり、糞尿をデータ管理して堆肥に最適なものは堆肥に、バイオガス発電に最適なものはバイオガス発電に回したりなど、養豚を中心としたエコシステム“循環型豚肉経済圏”をつくることを目指しています。
-これまでの具体的な取り組み事例を教えてください。
主要サービス“Porker“を使って、畜産農家様の生産性向上を応援するソリューションを展開してきました。現時点では国内のシェアが約15%まで拡大しています。
Porkerは作業記録や繁殖、離乳、肥育まですべてのステージをデータ化し、リアルタイムで状況を確認することができる養豚経営支援システムです。2022年に参画した農林水産省のスマート農業実証プロジェクトでは、Porkerの導入により生産性(※)13.8%向上の成果を達成しました。
新たな取り組みとして、農林水産省による「中小企業イノベーション創出推進事業」に参画し、DX豚舎の開発・検証に取り組んでいます。この事業では、Pokerはもちろん、あらゆるIoT機器を養豚場の中に設置し、豚個体の挙動を無人でモニタリングできる“DX豚舎“の実証農場を設立し、事業化に向けた検証を行っています。
さらに2027年までの目標として、タンパク質危機の解消に向けて「豚肉の生産量50%増加(日本平均比)」、畜産の環境負荷の軽減に向けて「餌効率30%向上」、「投薬量80%削減」、「GHG排出量25%削減」を掲げており、その達成向けて様々な取り組みを進めています。
※ 母豚(食肉用の豚を生産する母親の豚)あたりの年間生産頭数
環境負荷の低減が食肉文化持続のカギ

-Eco-Pork社はENEOSから資金調達を受け、養豚業初のプログラム型J-クレジット創出プロジェクトを開始されましたが、どのような経緯だったのでしょうか。
Eco-Porkでは以前より、養豚業を将来につなぐためには環境負荷の低減が欠かせないと考えておりました。前にも申し上げた通り、養豚業界は環境負荷が非常に高く、このままでは代替肉へシフトしていく可能性があります。そういった観点から、カーボンクレジットを創出するスキームをつくることで、畜産農家様が環境負荷低減に貢献できる仕組みを作りたいと考えていました。
そのような議論が社内で行われ始めたタイミングで、ENEOSと話す機会があり、資金調達とJ-クレジット創出に向けた協業に繋がりました。2024年、Eco-Porkは養豚業界ではじめて、J-クレジット創出プログラム型プロジェクトの認証を取得しています。
このプロジェクトでは、従来の飼料を“アミノ酸バランス改善飼料”に変更し、飼料に含まれるアミノ酸を豚の体内で余すことなくタンパク質として吸収させ、排泄物処理の過程で排出される一酸化二窒素(以下「N₂O」)を削減します。
N₂Oは二酸化炭素の265倍の温室効果を持つGHGであり、その削減効果は絶大。この活動は昨年始まったばかりで、実際に成果を発表できるのは2026年以降になりますが、良い結果を期待しています。
-ENEOSに対してはどのような印象をお持ちでしたか。
ENEOSについては、エネルギーインフラにおける日本のトップ企業という世間が持つイメージと同じ印象を持っていました。
私は資金調達の話が終わり、J-クレジット事業について詳細を詰める段階で議事に参加したのですが、そのときは「良きディスカッションパートナーができた」と率直に感じましたね。話を進めるうえでスタートアップのポジションや考え方を事前に理解していただいていたのも、ありがたかったです。
-ENEOSとのパートナーシップは、Eco-Pork社の成長に影響を与えましたか。
そもそもENEOSとのパートナーシップがなければ、J-クレジット事業は始められていなかったと思います。最初の構想段階からプロジェクト登録、後方支援に至るまで伴走していただき、ありがたい限りです。これまでは事業会社とシナジーを生み出しながら協業していくことは難しいと考えていたため、CVC出資を受けてきませんでした。しかしENEOSの場合は、その都度ディスカッションを設けるなど機動的に動いていただき、安心感を持って進めることができました。
経済産業省が運営する「J-Startup Impact」に選定いただいたのも、ENEOSとのパートナーシップという後ろ盾が一役買ってくれていると感じています。
目指すのは、経済合理性と社会的意義の両立
-今後目指していきたい長期的なビジョンがあれば、教えてください。
弊社は循環型豚肉経済圏の共創をミッションとして掲げていますが、これは国内外を問わず幅広い視野で取り組んでいきたいと考えています。目指すのは、経済合理性と社会的意義の両立。養豚を持続可能な産業にし、世界の食糧問題解決を目指します。またこれが生産者に対する価値向上、豚肉の生産量拡大、労働生産性向上の三位一体を実現できると信じています。
-最後に、スタートアップを目指す方へメッセージをお願いします。
アーリーステージの会社が持つアセットは、“人”しかないと言っても過言ではありません。起業してしばらくは実績がないため、サービスの契約や資金調達が難しいかもしれませんが、私は創業当初、ビジョンに対する熱量や人柄に投資をしてもらっていたという感触があります。実績がない状態での判断材料は、本気でその課題に対して向き合っているかどうか。その理由や意思がしっかりと説明できれば、熱量を感じ取ってもらえると思います。
今自分たちが描いている未来が間違いなく予想通り進んでいくというストーリーを、どこまで信じ込めるかは自分次第です。